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Hokkaido University
Center for Human Nature,
Artificial Intelligence,
and Neuroscience

CHAIN ACADEMIC SEMINAR #25 (特別編)

科研費基盤A「意識変容の現象学」成果報告会

日時 2022年8月6日 (土) 13:00-17:00
場所 北海道大学 人文・社会科学総合教育研究棟W309 および オンライン(Zoom: 要登録)
言語 日本語
対象 本講演に興味のあるすべての方 (学外の方含む)
参加費 無料

科研費基盤研究A「意識変容の現象学──哲学・数学・神経科学・ロボティクスによる学際的アプローチ」では、田口茂(北大CHAINセンター長)を代表とした研究グループで、2020年度から学際的な活動を行ってきました。最終年度である3年目の2022年夏にこのグループで行ってきた研究の総まとめとして、成果報告会を行います。なお、本成果報告会はCHAINの共催の元、「CHAIN ACADEMIC SEMINAR #25 特別編」として開催します。

[タイムテーブル]: (敬称略)

  • 13:00-13:15 趣旨説明、基盤研究Aの活動の概要 田口 茂 (北海道大学)
  • セッション1: 時間論 (指定討論者: 長坂 真澄 (早稲田大学))
  • 13:15-14:00 講演1: 「未来が直線状に伸びているという描像について」富山 豊 (東京大学)、栁川 耕平 (北海道大学)
  • 14:00-14:45 講演2: 「時間と自己の基礎構造:圏論的アプローチ」 田口 茂 (北海道大学)、西郷 甲矢人 (長浜バイオ大学)
  • 14:45-15:00 休憩
  • セッション2: 精神疾患での意識変容 (指定討論者: 長井 志江 (東京大学))
  • 15:00-15:45 講演3: 「フィーリングの異常と幻覚・妄想」西尾 慶之 (東京都立 松沢病院)
  • 15:45-16:30 講演4: 「サリエンスをアフォーダンスとして捉え直す: 精神病症状の異常サリエンス仮説への示唆」吉田 正俊 (北海道大学)
  • 16:30-16:45 まとめ議論

(講演はそれぞれ質問込みで45分。発表が30分で議論が15分を想定。)

[開催様式]: 本イベントはハイブリッド形式で行います。

[講演会場]: 北海道大学 人文・社会科学総合教育研究棟(W棟)2階 講義室W309です。

  • (7/19訂正: 会場がW102室からW309室に変更になりました。)
  • (定員72名ですが、COVID-19対策のため最大収容36名までで開催します。)
  • 登録は不要です。
  • アクセスについてはこちらのサイトをごらんください。
  • 北大のメインストリート(ポプラ並木)側にあるエントランスから入ります。エントランスに案内を貼っておきます。
  • (エントランスへのアクセスはこの地図がわかりやすいです。)

[オンライン講演]: Zoomで行います。

主催:科研費 基盤研究(A)「意識変容の現象学──哲学・数学・神経科学・ロボティクスによる学際的アプローチ」
共催:北海道大学 人間知・脳・AI研究教育センター

Seminar1

Lecturer

富山 豊     栁川 耕平
Yutaka Tomiyama, Kohei Yamagawa

未来が直線状に伸びているという描像について

Abstract:

フッサールの時間論では時間(=主観的時間、時間意識)が図表的に表現され、この中で時間は直線状のものとして描かれている。しかしわれわれの日常的な感覚として、未来はしばしばある種の広がりを持ったものとして理解されるため、未来は直線ではなく枝分かれしたもの・扇状に描かれるべきだという批判があり得る。また、想定される未来は状況に応じて常に変化し得るということを考えると、そもそも未来、ひいては時間を図示すること自体が不適切だという批判も考えられる。このような批判に対して、本発表ではまずフッサールの時間図表における未来の描き方を以下のように擁護する。すなわち、確かに上記の批判は正当であるが、しかしこれらの批判が依拠している事象が成り立つためには、想定される未来のヴァリエーションに関わらず同一の時点が到来していなければならず、フッサールの時間図表はまさにそのことを表現したものとして解釈されるべきである、という擁護である。ただ、本発表はさらに進んで、フッサールとは違う仕方で未来を図示する方法についても検討する。この検討においては、直線状の未来が「予め」描かれているという点が問いに付される。より正確に言えば、無限にのびた未来が予め存在するのではなく、その都度の現在においてかつての未来が遡及的に取り返される、という未来観が提示される。

講師紹介

富山 豊 (東京大学)
東京大学大学院人文社会系研究科研究員。博士(文学)。専門はフッサール現象学。分析哲学や数理論理学の知見も用いつつ、志向性の構造、意味理解や対象指示の問題について考えている。共著書として植村玄輝、八重樫徹、吉川孝(編著)、富山豊、森功次(著)『ワードマップ現代現象学:経験から始める哲学入門』(新曜社)がある。

栁川 耕平 (北海道大学)
北海道大学・人間知・脳・AI研究教育センター博士研究員。博士(文学)。立命館大学文学部初任研究員を経て、2021年より現職。専門は哲学的時間論、なかでもフッサール時間論。知覚の時間構造などを手掛かりに、意識の根本的構造としての時間の構造とその成立を研究している。

Seminar2

Lecturer

田口 茂     西郷 甲矢人
Shigeru Taguchi, Hayato Saigo

時間と自己の基礎構造:圏論的アプローチ

Abstract:

意識変容において時間は決定的な役割を果たしている。意識変容にとって重要なのは、主観的に生きられた時間、すなわち現象学的時間である。現象学において、時間は重要なトピックとして議論されてきた。われわれがここで特に注目したいのは、フッサールの後期時間論で論じられている、「立ちとどまりつつ流れる現在」(stehend-strömende Gegenwart / standing-flowing present)という概念である。それによると、現在には二義性があるという。すなわち、
 (1)一方でわれわれが体験するのはいつでも「今」である。およそ何を経験しようとも、それは必ず「今」において体験される。
 (2)他方、「今」はそのつど違う今でもある。「今」経験したものはすぐに過ぎ去って次の今が現われている。
 「今」あるいは「現在」とは唯一の今にも多数の今にも還元できない仕方で、この両方の性格をもつものとして成立している。いわば、現在は移っていながら、移っていない、異なっているが、同じ「今」である、ということができる。
 このようなきわめて基本的な経験の構造、通常われわれが言及するまでもないほど基本的で自明な経験の構造は、自然言語を用いて表現するとしばしば矛盾的なものに聞こえる。このようなきわめて基本的な構造を記述するには、自然言語よりも、より基礎的なロジックを形式化した数学、とりわけ圏論が適しているように思われる。本発表でわれわれは、すでに述べた時間の二義性を、圏論、とりわけ「モノイド」と「コスライス圏」を用いて表現することを試みる。また、これと同様の構造が、「私(自我)」に関してもみられることを論じる。
 最後に、このような圏論的表現の試みによって、意識変容の諸形態、すなわち瞑想体験や精神疾患(離人症、自閉症、統合失調症など)についても示唆が得られるのではないか、という見通しについて言及する。

講師紹介

田口 茂 (北海道大学)

北海道大学大学院文学研究院教授、同大学人間知・脳・AI研究教育センター(CHAIN)センター長。ヴッパータール大学(ドイツ)にて哲学博士号取得後、山形大学准教授などを経て現職。専門は西洋近現代哲学(特に現象学)、日本哲学。近年は数学者、神経科学者、認知科学者、AI・ロボット研究者との学際的共同研究に注力している。著書にDas Problem des ‘Ur-Ich’ bei Edmund Husserl (Phaenomenologica 178, Springer)、『現象学という思考──〈自明なもの〉の知へ』(筑摩選書)、『〈現実〉とは何か──数学・哲学から始まる世界像の転換』(西郷甲矢人氏との共著、筑摩選書)など。

西郷 甲矢人 (長浜バイオ大学)

長浜バイオ大学バイオサイエンス学部教授。専門は、数理物理学(非可換確率論)。京都大学理学研究科(数学・数理解析専攻)博士後期課程修了。博士(理学)。共編著に『圏論の歩き方』『指数関数ものがたり』(ともに日本評論社)、『圏論の道案内』(技術評論社)など。

Seminar3

Lecturer

西尾 慶之
Yoshiyuki Nishio

フィーリングの異常と幻覚・妄想

Abstract:

幻覚・妄想はそれぞれ知覚・思考の領域に現れる体験の変容と定義される。しかしこの一見自明な定義にもかかわらず、幻覚・妄想と知覚・言語・高次認知にかかわる脳領域の異常との関係を支持する証拠は乏しい。幻覚・妄想は既知の脳-知覚。脳-認知相関に基づいて分析する方法は大きな壁にぶつかっているといえる。幻覚と妄想に関わる深い現象学的分析が必要とされている。
幻聴・妄想を有する患者の多くで感情面での変化が認められることが古くから指摘されている。幻覚・妄想をある種の感情の異常として捉えることができるかもしれない。この発表では、知覚判断・認知判断の下支えをする感情を表す「フィーリング」の概念を用い、幻覚・妄想をそれぞれ感情-知覚・感情-認知の統合の異常として理解することを試みる。

講師紹介

西尾 慶之(東京都立松沢病院)
精神科医・脳神経内科医。医学博士。東北大学准教授などを経て現職。専門は神経精神医学・神経心理学。これまでの主たる研究テーマは幻覚・妄想の心理・神経基盤。近年は大脳皮質の状態変化・右大脳半球・視床下部と行動の関係に興味を持っている。

Seminar4

Lecturer

吉田 正俊
Masatoshi Yoshida

サリエンスをアフォーダンスとして捉え直す: 精神病症状の異常サリエンス仮説への示唆

Abstract:

「意識変容の現象学」のグループでは、精神疾患における意識変容の例として、統合失調症におけるサリエンスの変容に注目してきた。そこで「サリエンス分科会」を編成して、吉田 正俊 (北大)、宮園 健吾 (北大)、西尾 慶之 (都立松沢病院)、山下 祐一(NCNP)、鈴木 啓介 (北大)のメンバーで議論を行ってきた。この議論をまとめたものを紹介する。
サリエンス(salience)という言葉は、視覚心理の分野での視覚サリエンスと情動研究の分野での動機サリエンスとでべつべつに使われていて、両者の関係は明確でない。Kapur (2003)で提案された「精神症状の異常サリエンス仮説」(aberrant salience hypothesis of psychosis)では、サリエンスを外的刺激や内的思考に不適切に割り当てることによる不可解な経験を説明するための認知的戦略として妄想が説明される。しかしここでのサリエンスの正体も明確ではない。そこでサリエンス分科会では、心理学の哲学で提案されている、サリエンスをアフォーダンスとして捉える基本テーゼを起点にして、Friston (2010)が提案する能動的推論という脳の情報理論的枠組みから、サリエンスを捉え直すことを試みた。この成果として、1) サリエンスには、ある対象を知りたいというepistemicなアフォーダンスの要素と、その対象の獲得または回避を動機づけるアフォーダンスの要素があること、2) そしてこれらが生態学的な観点からは連続的であること、これらを明確化した。これらの知見は「精神症状の異常サリエンス仮説」をより精緻化するとともに、離人症についても新しい示唆を与える。以上のようにして、心理学の哲学、脳科学、情報理論とともに精神疾患での意識変容について探求することが、精神医学への貢献となりうることについて議論する。

講師紹介

北海道大学 人間知・脳・AI研究教育センター 特任准教授。博士(医学)。東京大学 大学院薬学系研究科、生理学研究所 認知行動発達研究部門を経て、2020年より現職。専門はシステム神経生理学。ヒトおよび動物を対象とした視覚的注意や眼球運動の研究を基礎においたうえで、意識の解明をめざして、盲視、半側空間無視、統合失調症を対象に研究している。