About Us

センターについて

Hokkaido University
Center for Human Nature,
Artificial Intelligence,
and Neuroscience

Background

設立の背景

人文社会科学は、古代から数千年続く知の伝統を受け継ぎ、「人間」について考えつづけてきました。哲学は、古代ギリシアや古代インド・中国から人間や万物についての知の伝統を紡ぎ、現代に通じる数多くの学問の母となりました。歴史や文学・芸術もまた、「人間とは何か」についてのわれわれの理解を形作る上で、豊かな土壌を形作ってきたと言えます。そうしたなかから、近代に入って、心理学・社会学・言語学・文化人類学といった人文諸科学、政治学・経済学・法学・教育学といった社会科学が整備されてきました。

ところが、1980年代頃から、いわゆる脳機能イメージング技術(fMRIなど)の急速な発展により、生きた人間の脳内で行われている活動を可視化できるようになり、われわれが何かを「思った」り、「考え」たりしているときに、脳内で何が起こっているのかがつぶさにわかるようになってきました。これにより、「人間の心」や「意識」、「自己」、「社会」、「合理性」といった、これまで哲学や心理学などの人文学や社会科学で扱われてきた研究領域に、数多くの神経科学者が挑戦するようになってきています。たとえば、20世紀の半ばには「科学者が手を出してはいけない」と言われていた「意識」の問題をめぐって、1990年代以来2つの大きな国際会議が開催され、若手を含む多くの科学者が活発に活動を行っています(いわゆるツーソン会議とASSC)。

他方、20世紀に何度か盛衰を繰り返してきた人工知能(AI)研究は、2000年代に入って、ディープラーニングと呼ばれる多層ニューラルネットワークによる機械学習手法の登場により、再び大きな脚光を浴びるようになりました。コンピュータが人間のトッププロを打ち負かすのは当分は不可能と言われていた囲碁で、「AlphaGo」が韓国・中国のトッププロを圧倒したことは記憶に新しいところです(2016, 17年)。急激に世間の耳目を集めたAIブームも現在では幾分沈静化し、冷静にその可能性を試していく局面に入っていますが、その活用が技術的・社会的に大きなインパクトを秘めていることに変わりはありません。

注目すべきは、こうした新しいAI技術が、ニューラルネットワークと呼ばれる、人間の脳の機能にヒントを得た数理モデルを用いている点です。現在でも、AI(機械学習)の研究には神経科学の研究がインパクトを及ぼしつづけていますし、逆に、計算論的な手法で脳の機能を明らかにしようとする研究(計算論的神経科学)も盛んに行われています。現代において、神経科学とAIは、互いに深く噛み合った仕方で進展していると言ってよいと思われます。

このような現状において、「人間とは何か」ということが、あらためて問われるに至っています。神経科学(脳科学)とAIの驚異的な発展は、「人間とは何か」という問いに新たな仕方でアプローチすることを可能にしています。この新たな展開は、人文社会科学にとっても、大きな刺激を与えうるものです。たとえば、人間の「自由意志」をめぐる論争に、数多くの神経科学者が実験的研究を通して参入しています。そこで神経科学者は、「自由意志」をめぐる古代からの哲学的論争の歴史に逢着することになります。そこでは、哲学を専門とする者も、大いに言うべきことがあるはずです。そこには、哲学者と科学者が互いの知を必要とし、協力して「人間」について明らかにしていく刺激的な共同作業の場が開かれていると言ってよいでしょう。AIに「好奇心」を実装する、と言えば、突飛なことに思う方もいるかもしれませんが、AIの性能向上を目指すなかで、これはもうすでに確立された手法の一つです(*)。あるいは、「退屈できるエージェント」の方が優秀、といった成果も出ています(**)。こうした研究は、人間にとって、そもそも「好奇心」や「退屈」がどうして生まれてきたのか、を考えるための大変面白いきっかけを提供してくれます。そして、「人間」について深く考えることが、AIの進展に新たなブレイクスルーをもたらすことも、十分に考えられることです。

 

(*) 参照:Burda, Y., Edwards, H., Storkey, A., and Klimov, O. (2018). Exploration by random network distillation. ICLR 2019.
(https://iclr.cc/Conferences/2019/Schedule?showEvent=1093)

(**) 参照:Yu, Y., Chang, A.Y.C., Kanai, R. (2019). Boredom-Driven Curious Learning by Homeo-Heterostatic Value Gradients. Frontiers in Neurorobotics.
(https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnbot.2018.00088/full)