いま大きく時代が動いています。このような時代に、学問をやる人間のあり方は、どのようであるべきでしょうか。
少なくとも言えるのは、既存の問題設定のなかで、確立され標準化された手法を用いて、学問上の地図の残された空白を埋めていくような仕事だけでは、到底時代の要求に応えることはできないということです。
現代文明の進展は、待ったなしの問題を人類に突きつけています。環境問題や感染症の拡大はその一つです。
しかし、こうした巨大な問題に立ち向かうとき、モグラ叩きのように、対症療法的な対応に終始するということで十分なのでしょうか。もちろん、個別の対応も必要でしょう。しかし他方で、いまこそ私たちは、人類の文明を根底から動かしているものへと、深く沈潜してみるべきなのではないでしょうか。
このように考えるなら、時代の要求に応えようとすることは、何千年も前から人類を動かしてきた問い、「宗教」や「哲学」が問い深めようとしていたものと、自然な形で結びついてゆきます。
人間知×脳×AI研究教育センター(CHAIN)の研究と教育は、現代における最先端の科学、とりわけ神経科学(脳科学)や人工知能(AI)の知が突き当たっているスリリングな問題が、実は太古から人間を動かしている哲学的問いと無関係ではなく、むしろこの両者はきわめて直接的な仕方で結びついているという直観から出発しています。その目印となる四つの問いとして、われわれは「意識」「自己」「社会性」「合理性」を掲げています。いずれも、哲学から発して現代に至るまで多様に展開してきた人文・社会科学の問いであると同時に、現代の神経科学や人工知能の知が、いままさに答えようとしている問いでもあります。これらの学問が交差する地点に、豊かな知のフィールドが広がっています。
そして、これらの問いに答えることは、「人間とは何か?」という根本的な問いに答えることにもつながっていきます。一見迂路にも見えますが、こうした根本的な問いに答えることによってこそ、現代における喫緊の問いも答えられてゆくのではないでしょうか。
たとえば、環境問題は人間の「欲望」と無関係ではありません。「欲望」は「意識」の一形態であると同時に、私たちの「自己」と深く結びついたものでもあります。世界的なパンデミックは、人類がかつてないほど互いに結びつき、「社会性」の網の目が一切を包み込もうとするところに起こってきます。「社会的距離」(social distancing)が対策として必要ということは、逆に「社会的結合」こそが急速なパンデミックの条件であることを示しています。私たちは,社会なしには生きられません。その社会がいままさに私たちにとっての脅威になるとしたら? 安易で簡単な答えはありません。そこでは、私たちにとって真に「理にかなった」こと、すなわち、ありきたりな意味ではなく、もっと深い意味での「合理性」を問い詰めていくことが必要なのです。
CHAINは、このような時代の問いを、最先端の科学と、哲学的な洞察を通して問い深めていくために設立されました。みなさんもぜひこの冒険に共に参加してみませんか? 世界中の様々な研究者、意欲ある学生のみなさん、企業の方々のご参加を歓迎します。