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Hokkaido University
Center for Human Nature,
Artificial Intelligence,
and Neuroscience

2021 CHAIN Summer School

2021年度 CHAINサマースクール:「自己と身体性」

日 時 2021年8月16-20日
場 所 オンライン開催
言 語 日本語

CHAINでは「意識・自己・社会性・合理性」といったテーマに対して哲学・神経科学・AI研究の融合した学際的教育プログラムを北大の大学院生に向けて提供しています。その中で夏と冬に開催されるサマースクール・ウインタースクールでは外部講師をお招きし、受講生に最先端の知見に触れ、学際的議論を行う場を提供しています。

 

2021年度のサマースクールはテーマを「自己と身体性」として、以下の先生方をお呼びして、講義・議論を行います。

Seminar1

Lecturer

長井志江
Yukie Nagai

社会的自己の発達と発達障害:予測符号化理論に基づく計算論的研究

Abstract:

講義1「自己認知から社会的能力へ」
人は生後の感覚運動経験を通して,自己認知や目標指向動作などの自己に関する能力から,他者意図の推定や協調といった社会的能力を獲得する.では,これらの発達の背後にはどのような認知神経基盤が存在するのであろうか.本講義では認知発達の「時間的連続性」に注目し,脳の一般原理である「予測符号化」理論に基づいた計算モデル研究を紹介する.講師の長井は,環境や身体からの感覚信号と,脳の内部モデルからの予測信号の誤差,つまり予測誤差を最小化する過程が,自己認知から社会的能力に至る認知発達を導くと提案してきた.本講義では,予測符号化理論に基づく神経回路モデルを用いて,どのようにどこまでの認知機能が獲得できるのかを検証したロボット実験を紹介する.

講義2「定型発達と発達障害」
自己認知や社会的能力には,個人差が現れる.特に,自閉スペクトラム症などの発達障害は,自己の感覚運動経験をうまく汎化することができなかったり,他者意図の推定や協調に困難さを示す.では,この個人差はどのような認知神経基盤に基づいて生じるのであろうか.本講義では認知発達の「空間的多様性」に注目し,「予測符号化」処理に基づいた計算モデル研究を紹介する.講師の長井は,予測信号の推定精度の変調が,感覚過敏・鈍麻や常同行動,過学習による汎化能力の困難さを生じると提案してきた.本講義では,予測符号化理論に基づく神経回路モデルを用いて,モデル変数に変動を与えることで,認知機能にどのような多様性が生じるのかを検証したロボット実験を紹介する.

講師紹介

東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任教授
東京大学 Beyond AI 研究推進機構 特任教授

2004年大阪大学より博士(工学)取得.ビーレフェルト大学ポスドク研究員,大阪大学特任准教授,情報通信研究機構主任研究員などを経て,2019年より東京大学特任教授.構成的アプローチから認知機能の発達原理を探る,認知発達ロボティクス研究に従事.予測符号化理論に基づく神経回路モデルや,発達障害者支援システムを開発.2016年よりCREST「認知ミラーリング」の研究代表者.

Seminar2

Lecturer

浅井智久
Tomohisa Asai

身体制御と自由意思

Abstract:

講義1:制御する「私」とされる身体:実験心理学
「身体と私」を紐付けるキーワードは,運動もしくは制御かもしれない。制御のできなさは予測誤差と呼ばれ,その発生により自己感(主体感)は減じると論じられてきた。このような分野横断的な理論は実験的にも検討がしやすく,ある意味で,人とロボットを区別しないやり方によって成功してきたとも言える。しかしこのような視点に立つと,私たちの生々しい主観は後付けで,機能的には意味のないものとしての捉え方も優勢になる。本講義では,このような現状にいたるまでの研究背景について,精神疾患(統合失調症),内部モデル(運動学習),自己表象(主体感・所有感),その発達過程(自己認識)の議論を交えながら,我々自身の研究も批判的に紹介していく。果たして,「私の意味」は見えてくるだろうか。


講義2:「脳の状態」の可視化と制御:神経科学
脳の計測技術は進化している一方で,心との関連で何か分かってきただろうか。従来は,脳内のローカルでミクロな動態にその根拠を求めようとしてきたが,近年では脳全体のマクロなダイナミクスとして,脳活動およびその結果としての心理・認知機能を捉えようとする。この視点に立つと,「脳の状態」を位相空間内の1点として表現でき,そのダイナミクスは空間内の軌跡として可視化される。本講義ではまず,計測モダリティに依存しない手法で,状態の集合としてのneuralでstatisticalな多様体を示す。さらに,この「抽象的な脳状態」を誘導するニューロフィードバック訓練への応用技術を紹介し,私たちの「状態」は可塑的で学習可能であると議論する。とすれば,この「運動」は自由に制御できていることになるだろうか。


講義3:自由と自由意志:認知科学
「自由」の定義は,案外難しいはずだ。これはどう対義語を取るかの問題かもしれない。不自由とすれば,自由の定義が先に必要になる。束縛(や拘束,専制)とすれば,私たちを縛る上位者が存在する。これまで見てきたように,「私の状態」とは(抽象的な意味での)ベクトルそのものなので,ベクトルの自由と束縛を考える。これは,何かしらの空間を想定した場合に,どこかに原点があるのかという問いに帰結する。本講義では,(物理的な意味での)運動の引き込み現象において,自由ベクトルと束縛ベクトルにおける予測誤差最小化を表現し,各空間を越えた「引き込みの引き込み」を議論する。ここから見えてくるのは,束縛と自由のせめぎ合いとして,エントロピー則に一時的にでも抗う生命体としての自由意志の存在である。

講師紹介

国際電気通信基礎技術研究所(ATR)・認知神経科学研究室・主任研究員

2010年に東京大学総合文化研究科博士課程修了(博士(学術))。実験心理学の視点で,精神病理,多感覚統合,身体運動制御,自己感の問題を扱ってきました。現職では日々,EEGやfMRI計測を通じてヒトの脳活動を追っています。最近では,これらを包括できるような大統一理論に関心があり,心理学や脳科学の垣根を超えた破壊的な研究*をしていきたいと思っています。
*https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v16/n5/小さなチームの科学は破壊的で美しい/98426