Education

教育プログラム

Hokkaido University
Center for Human Nature,
Artificial Intelligence,
and Neuroscience

2022.7.14 Release

「神経科学研究概説:計測技術と方法論」(2022/06/22)(島崎秀昭先生)講義レポート

新垣紗也(生命科学院臨床薬学専攻,CHAIN教育プログラム3期生)

6月22日に、人間知×脳×AI研究教育センター(CHAIN)の教育プログラム必修科目である「人間知序論Ⅰ」の第2回目の講義が行われました。講義を担当するのは、CHAINの特任准教授であり、理論神経科学を専門としていらっしゃる島崎秀昭先生で、「人間がどのように外界を認識しているのか」を理論で解明するアプローチの仕方を受講生に伝えるという目的で、神経活動の計測技術や理論神経科学の入門的な内容を講義して頂きました。講義の内容、授業の様子、講義に対する感想を以下に述べます。

1. 神経活動記録手法と神経の非線形応答

講義の前半は神経活動を計測する技術の紹介をして頂きました。神経細胞は、電気的な信号で情報をやりとりするため、電極を用いて電位等を記録することで神経が活動しているかが分かります。電極を刺して単一細胞から活動電位などを記録する技術や、EEGなどの様に頭蓋骨の外から電場を記録する技術があります。また、電極を用いた方法の他にもCa2+イメージングなどの技術によって広い領域から神経細胞の活動を記録することができます。これらの技術を用いて、特定の場所にいるときに発火する場所細胞が海馬に存在する事や、アニメのザ・シンプソンズに特異的に反応する神経細胞が存在する事が分かったり、神経の発火からどこにマウスが存在しているのかを推定するデコーディング技術などが発達してきたりしています。ここ20年で同時に観測可能な神経細胞の数は指数関数的に増えてきたが、その活動データを効率的に活用できていないのが現状であるそうです。


講義の後半では、神経の非線形応答やゲインコントロール、情報量最大化原理などを説明して頂きました。入力強度に対して神経の発火頻度(Hz)をプロットすると、神経細胞の応答は非線形になり、入力刺激の分布の累積分布のような形をするそうです。累積分布の形をとると、入力刺激分布の最頻値付近のΔxに対してΔyが大きくなり、高効率・高感受性の応答(刺激強度の弁別がしやすい)が実現するのです。神経応答の非線形曲線の頭打ちになっているところに入力刺激が集中してくると、その曲線を右方移動するなどして神経は適応(ゲインコントロール)するのだそうです。神経の応答は、このような非線形処理とゲインコントロールが理論的に重要なのだそうです。また理論神経科学には、脳の応答を知りたいなら外界の刺激を調べることで知ることができる、という考え方があるそうです。自然のコントラストレベルの分布を調べ、ハエの応答を累積分布関数として予測したところ、複眼の介在ニューロンのコントラストの応答はそれに近似したという研究が実際にあるそうです。

2. 授業の様子

ハイブリッド形式(対面+オンライン)で授業が行われました。受講生はほとんどCHAINの3期生で構成されていました。文系の院生が半分以上おり、特に講義後半の理論の部分を理解するのは中々難しいようで、「平易な言葉でわかりやすく説明されている参考書などがあれば教えてください」などという質問がなされていました。

3. 実際の脳の仕組みからみた理論神経科学

私は実験的な神経科学を専門に日々研究しているので、実際の脳の仕組みと照らし合わせながら授業を聞いていました。特に今回の講義で、「神経の応答は理論的に非線形処理が重要」と聞いて、とても感動しました。というのも、実際に神経の応答で非線形曲線を目にする事が多いことを思い出したからです。例えば神経細胞の興奮に重要な役割を果たす電位依存性Na+チャネルについて、開確率(G/Gmax)を縦軸に、電位(-80 mVから20 mV)を横軸にプロットすると、-80 mV付近ではチャネルの開確率はほぼ0なのが、-60 mVほどから電位が増大するにつれて急激に開確率が上昇し、0 mVほどで頭打ちになるような、電位に対して累積分布に似た非線形応答をするのを思い出したのです。さらに、この非線形曲線は様々な要因(阻害剤添加や変異など)によって右方移動したり左方移動したりするのです。これまではこのような曲線を目にしても、なぜ非線形曲線をしているのだろう、なぜ平行移動するのだろうなどと考える事はなかったのですが、今回の講義で、非線形曲線になる理論的な説明(効率のよい外界刺激の受容のため)や平行移動する理論的な説明(ゲインコントロールにより外界刺激に適応するため)をすることができ、とても面白いと感じました。今回の講義で、理論神経科学と実験的な神経科学を融合するととても面白い事がわかるかも知れないと思ったので、今後理論神経科学をしっかり学んでいこうと思いました。