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Hokkaido University
Center for Human Nature,
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2022.6.28 Release

「なぜ学際的研究が必要なのか? +哲学の意味」(2022/06/15)(田口茂先生)講義レポート

野田栄太郎(理学院数学専攻,CHAIN教育プログラム3期生)

2022    6    15  日、CHAIN  教育プログラム  3  期生にとっては初めての顔合わせの場ともなる  CHAIN  必修科目「人間知序論  1」の初回授業が行われました。初回の講義を担当するのは、人間知・脳・AI  研究教育センターのセンター長であり、文学研究院教授である田口茂先生で、講義テーマは「なぜ学際的研究が必要なのか? +哲学の意味」でした。以下では、この講義の要旨、初回授業の様子、講義に対する筆者の感想を報告します。

1. 哲学は学際的研究にどう役立つか

今回の授業における主要テーマは、哲学が学際的研究にどう役立つかでした。哲学は、長らく「人間とは何か?」という本質的な問いと向き合ってきました。近年、科学(とりわけ脳科学、人工知能)の研究が飛躍的に進歩しており、科学的側面からも、我々はこの問に向き合うことになりました。「人間とは何か?」、この問いの答えを探るこれからの研究において、分野と分野が向き合って対話するという研究形式では限界があります。向き合うべきは異分野ではなく、取り組むべき「問題」であり、あらゆる手段を講じて一緒に問題を解くという姿勢が求められています。それではそんな学際的研究の時代に哲学はどういう役割を担うのでしょうか?それは、基本概念や枠組みの解体と構成です。あらゆる学問、研究には、その土台となる基本概念や枠組みがあります。先人が掲げた基本概念を無批判的に「真」と認めて研究を進めても、斬新な研究をすることはできないでしょう(先入観から自由になる必要性)。そんなとき、哲学は、基礎概念を洗い直し、時に前時代的な考えを解体し、新しい枠組みを構成します。他分野が協力して一つの問題を解く際、その中心にある問題をメタ的に解きほぐし、これまでになかった観点を提供することが哲学(者)に求められています。

2. 授業の様子

第一回授業であり、対面とオンラインが平行して行われました。CHAIN同期生同士がまだ面識がないため、授業前後で学生間の会話が活発になることはまだありませんでした。次回以降、授業の後半がディスカッションに充てられそうなので、より活発な議論が起きると思います。想定よりも多くの人数が対面に参加していました。オムニバス形式の授業でありながら、今回発表の担当でない先生方も授業に参加されていることが、斬新(CHAINならでは)でした。今回の担当は、田口先生でしたが、質問の内容によっては、他の先生が議論に加わっている光景が見受けられました。積極的に議論に加わり有意義な意見を提示することが、学生にだけでなく教員にも求められており、教員もそれを希望しているのだと感じました。

3. 哲学と問い

私は、哲学科で研究をしたことはありませんが、哲学にはとても興味があります。そして、私の専攻の数学も哲学と似たところがあるように思います。今回の授業テーマである、学際的研究における哲学(者)の役割について、自分の考えたことを書きたいと思います。哲学というのは、目の前にある「問題」に使うと、それが扱いやすい形に変わるような、便利な「道具」ではありません。まして難解な用語や概念を振りかざして、周囲を煙に巻くような誇示的な飾りでは決してありません。そうではなくて、本来の哲学というのはむしろ、思考の習慣とその性質なのだと、私は思います。哲学分野にいる人、あるいは興味を持っている人は、普通の人(何をもって普通の人とするかはさておき、)から「そもそもなんでそんなこと考えるの?考えて何の意味があるの?」とよく言われます(数学もそうです)。今回の授業を聴いて、実はそのように言われることこそが、哲学者の本質なのだと思いました。考えても無意味として切り捨てられた問いを拾い上げて、その問いを力ずくで解こうとするのではなくて、自分のなかで育んでいきます。そこから、新しい見え方が生まれてきます。これは、長らく友達でいると、その人の今まで気づかなかった性格や特徴が見えてくるのとちょうど同じなのだと思います。哲学者のエッセイを読んでいると自分が専門にしている哲学者に対して、ただ研究対象というのではなくて、むしろ対話者、師として向き合っている人が多い気がします。哲学の役割というのは、先行する基礎概念に対しては、解体と創造のような仰々しい言い表しになってしまいます。しかし、向き合う問題との関係に目を向ければ、むしろ哲学の役割というのは、その問題との付き合いの中で、見えなかったものが見えるようになり、(おそらく自分自身も変わるのだと思います)、時に新たな問題が生まれたりする、そんな過程を育んでいくことなのだと思います。そして、今、学際的研究において求められている人は、まさに「問いとの付き合い方を知っている人」なのではないでしょうか。